中教審総会(1/24)

中央教育審議会総会。渡辺会長に御挨拶。大学入試等の話,GIGAスクール構想の補正予算の話,PISA2018ショックの話,学校の働き方改革の話など。ぼくはこれらを繋げて,今後,1人1台情報端末によって児童生徒の情報活用能力が高まり,各教科等の学習の基盤として機能するようになる時代を見越して,カリキュラム・マネジメントの特例校等を作って推進すべきだと発言した。 終了後は蒲田での壮行会に顔を出して帰仙。

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文部科学省打合せ(1/24)

町屋から霞ヶ関へ。中川さんと打合せ。教育課程課で板倉室長,平専門官等と打合せ。その後,洋服屋へ。

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大塚君の告別式(1/24)

大塚昌志君。享年55歳。荒川区立第三瑞光小学校・校長。1/17急性心不全でご逝去。
ぼくは昭和61年に東京学芸大学を卒業した。熊本県の教員採用試験に落ちたため,1年間,東京に残って中学校で産休代替教諭として過ごした。昭和62年,無事に東京都に小学校教諭として採用され,江東区立豊洲小に配属された。その年に同区に採用された初任者は約90名。新採研(現在の初任研)は6つの分科会に分かれていて,第3分科会の10数名のメンバーの中にぼくも大塚君もいた。大塚君はその年に東京学芸大学の学校教育選修を卒業した新卒。北砂小に図工専科として採用されていた。第3分科会はとても活気があり,初任研が終わった翌年も一部のメンバーで「第3分科会」というサークルを作って勉強を続けた。
ぼくは28歳で大学の助手に転身することになった。大塚君は中央区に異動した。ぼくは江東区時代の先輩たちとネット研という研究会を作ったが,しばらく後に大塚君もここに加わってくれた。おかげで中央区立明正小の歴史的な建物で研究会をやった。
ぼくは32歳で富山大学に移り,その後,36歳で静岡大学に移った。大塚君はその頃は若くして教育管理職A選考に合格し,目黒区の指導主事になっていた。その頃,中尾さんがICT支援員として働いており,静岡大学の社会人大学院生として入学してきた。
大塚君は30代後半で,雄山の噴火があった三宅島で全島避難が解除されたタイミングで,若い副校長として着任した。火山灰を片付けるところからの過酷な仕事と聞き,静岡大学堀田研究室では,ボランティアを募り寄附を集めて,三宅島に乗り込みネットデイをした。その時のいくつかの記録がここに残っている。
まもなくぼくはメディア教育開発センターに異動し,文部科学省に参与として併任する。大塚君は目黒区教委の統括指導主事,墨田区の校長,目黒区教委の課長と,若い出世をする。今で言うICT支援員に繋がる政策会議のメンバーになってもらった。ぼくが立ち上げた学習会VHSにも所属してくれ,全国の先生たちと一緒に学ぶことができるようになった。40代後半で大塚君が荒川区の第三峡田小学校の校長になった時には,1人1台の情報端末の活用について校内研の助言に入った。その後,荒川区で3校目の現任校の2年目に急逝する。
ぼくにとっては,良き思い出を残してくれた同期であり,付かず離れずで寄り添ってくれた大切な仲間だった。急逝の噂を聞いた先週土曜日には信じられない気持ちだったし,正式な訃報を見た時も嘘だろと思った。今日,町屋斎場での告別式に参列し,荒川区教委の高梨教育長や瀬下課長とも話をした。来年度は荒川区小学校校長会の会長に就任予定だったとのこと。活躍のステージを残しながらの無念な逝去だったのだと思う。遺体を見送りながらひとしきり涙した。写真に向かって「何やってんだよ,まだやることあっただろう」と声をかけた。ほんとうに辛い1日だった。
大塚君,ご冥福をお祈り申し上げます。これまでありがとう。

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東北大な1日(1/23)

青葉山。靖泰さん@フューチャーインスティテュート打合せ。企画が前進。稲垣先生@東北学院大とJSETのSIG委員会についての打合せ。若い世代の努力に頭が下がる思い。専攻会議準備。出張準備。専攻会議,専攻教授会。いずれも案件は多いが順調。議事録作成。早めの帰宅。明日は告別式。

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東北大な1日(1/22)

川内。寒い。授業評価。終了後に青葉山。韓さん来研。安里と情報共有。MESH原稿。筑波大附属小原稿。書籍関係メール。人事関係メール。あっという間に1日が終わる。

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東北大な1日(1/21)

訃報を聞いて驚く。正確な情報が入らずヤキモキした週末。 今日は寒い朝。早めに川内。事務によって授業評価の用紙をもらう。正確な情報が入り関係者に訃報を送信。午後から青葉山。3限は「メディア教育論」の最終回。資料準備。今年度はかなりたいへんな予感。夕方にまた川内。文学部で打合せ。

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台北日本人学校校内研(1/16-18)

5_202001180122014_202001180122013_20200118012201 1_202001180122016_202001180122012_20200118012201タクシーで台北日本人学校へ。管理職の先生方に御挨拶。2-4校時に22授業を参観。教師の提示のためのICT活用はもちろんだが,児童生徒の自立的な学習と,それを支えるICT活用もいくつもあった。ロイロノートだけでなくG Suiteの活用率が高まっていた。お昼を食べながら事務長による新校舎の進捗についてのレク。昼休みに少し作業をしているとあっという間に5校時。四宮先生による国語の研究授業。協議会でもG Suiteが活躍。授業コメントを踏まえた講演。安里・遠藤がG Suiteで議事録をとってくれる。終了後はJohn先生ほかと議論の後,小籠包で懇親会。35名ほどの先生方で盛り上がる。2次会で派遣1年目の先生たちと懇親し,23時を過ぎてからホテルに帰還。 翌日も2-3校時に個別の先生方と議論。稲木君が記録をとってまとめてくれた。その後,院生たちと九份に行ってトンボ返り。雨。夜は士林余市を散歩してから首脳陣懇親会。たくさん話をした。 帰国日は朝から空港に向かう。混雑の中,無事に朝ご飯を食べて搭乗。機内で昼寝。仙台空港から青葉山。荷物片付け。遠藤を仙台駅に送って帰宅。

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台北へ(1/15)

仙台空港からEva航空コードシェア便で台北桃園国際空港へ。稲木君にお迎えに来てもらう。フードコートで夕飯を食べ,タクシーで打合せしながらホテルへ。チェックイン後,安里・遠藤にバーで日本人学校の概略,その後修論指導。メールを片付けていたら深夜。

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東北大な1日(1/15)

みぞれ雪。午前中は川内。青葉山。安里・遠藤とつけ麺。仙台空港。

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学芸みらい社打合せ(1/14)

book“先生の先生"が集中討議! 子どもも教師も元気になる「これからの教室」のつくりかた:教育技術・学級経営・ICT教育 新しい時代のグランドデザインの出版社である学芸みらい社の小島社長ほか関係者と打合せ。同書はおかげで3ヶ月で第3刷と極めて順調。次期企画を話し合った。

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