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地震その時-3(3/11)

自宅に着いてテレビをつけた。どの局もすでに地震報道の緊急番組になっていた。映像を見て,事の重大さをあらためて認識した。都内で帰宅難民が溢れる様子を見て,自分は早々と徒歩を選択し帰宅できたことはラッキーだったと思った。
ネットで関係者と連絡をとった。玉川学園でも揺れは大きかったようで,事務補佐の渡邊さんは避難したことを知った。堀田研究室の本棚は壁からずれ,たくさんの書籍が散乱しているらしい。プリンタも床に落ちているとのこと。渡邊さんにケガが無くてよかった。そのまま玉川学園キャンパスは安全確認のため立ち入り禁止となった模様。13日(日)に予定されていた卒業証書授与式も中止が決定した。
VHSメンバーは全国に広がっているため,安否メールを1つ1つ確認した。北海道チームが取りまとめてくれるようになりお任せした。佐藤さんや皆川君,金夫妻等から連絡が入り,ホッとした。現地はたいへんな様子であることがよくわかり,停電のため情報はツイッターに頼っていることも知った。そこで,ぼくがテレビで見た情報などをツイートし続けた。facebookを通して,海外の人たちからも心配してくれるメールが届いた。
Conv夕方,もう一度コンビニに行くと,すでに棚には何も食料はない状態だった。残っているものをいくつか購入した。歩道はたくさんの帰宅難民が歩いていた。映画を見ているようだった。
夜になり,テレビのニュースで,東北地方の悲惨な被災状況の映像が映された。津波は怖いと思った。ぼくに何ができるだろうとも考えた。
緊急地震速報も続き,夜は熟睡できなかった。朝になり,NHKから「Rの法則」の収録が中止になったとの連絡が入った。こちらも少し落ち着いて,時差ボケもあって寝たり起きたりした。周囲と連絡を取り合った。

貴重な経験だから,ブログに書こうとは思っていた。だけど,書き始めることができなかった。思い出すと震えるのだ。ぼくは,自分がこんなに怖い思いをしたことがなかったのだということを知った。今でもふと不安になる。PTSDではないけども,こういう精神的な影響もあるのだと自覚した。

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