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2011年3月

本日付で併任終了(3/31)

2006年3月に突然いただいた「文部科学省・参与」の併任。同4月1日に文部科学大臣より辞令をいただいた。非常勤で無給の業務であり,年度更新であったが,継続依頼によって結果的に5年間勤めた(勤務開始当初のブログ)。
このたび,政権交代による参与制度の変更を受け,退任することとなった。
この間,文部科学省では,当初着任した初等中等教育局参事官付が生涯学習政策局参事官付と合併するという大きな機構改革が行われた。当時の嶋貫参事官から,数名の参事官,調整官,企画官等に仕えた。何人もの係長とも一緒に仕事ができた。
全国の情報教育担当指導主事を集める連絡会議,例年の学校における教育の情報化の実態等に関する調査企画,いくつかの政策の記者発表への立ち会いなどを経験した。関連した政策としては,教員のICT活用指導力チェックリストを世に出した「教員のICT活用指導力の基準の具体化・明確化に関する検討会」,教育CIOやICT支援員等について初めて位置付けた「地域・学校の特色等を活かしたICT環境活用先進事例に関する調査研究」,「教育の情報化に関する手引」作成,「学校教育の情報化に関する懇談会」への参加などがある。何よりもっとも大きかった体験は,2年掛かった,2011年度完全実施の学習指導要領における「情報」に関する文言策定の調整作業だった。また,全国学力・学習状況調査への情報関連調査項目にも少しだけ関わった。
そのほか,政府公用パスポートでの韓国での国際会議への出張,説明のために自民党本部訪問に同行したこと,自分が委員をしているもの以外でも中教審に立ち会ったこと,文部科学省庁舎の丸の内から霞ヶ関への移転など,貴重な体験をさせていただいた。
参与という立場でできたことなどほんの少しであったが,それでも5年間,いただいた立場で一生懸命に教育情報化政策を考え,行動できたつもりだ。たくさんの方々と知り合えたこと,ご指導がいただけたことに感謝し,ここから先は一人の実践研究者として,しっかりと行動していきたいと思う。

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練馬区立中村西小研究相談(3/30)

練馬区立中村西小学校へ。ご退任される石井校長先生とご挨拶。人事異動等のことを伺った後,曾我研究主任はじめ研究推進委員会の先生たちと来年度の研究の方向性について擦り合わせ。

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玉川な1日(3/29)

駅や車内の電気が消されていたり,エスカレータが一部止められたりはしているけども,通勤ラッシュは9割方戻ってきた。
朝から予算の最終確認,渡邊さんと相談。これで今年度の予算執行は無事完了。手紙等への対応。データ分析。いくつかの電話。論文書き途中まで。研究室の前の廊下の天井の修復工事。

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スズキ教育ソフト打合せ(3/28)

1スズキ教育ソフトの浜松の本社へ。校務の情報化についてのプロジェクトの打合せ。終了後,おいしい担々麺のお店をご紹介いただく。とーってもおいしかった。また行こうっと。

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静岡大堀田研OB会(3/27)

12静岡大学情報学部時代の教え子たちが,毎年ぼくの誕生日の頃に集まって行うOB会。今回は浜松で行われた。東京に仕事に出ている連中は,久しぶりの浜松だという者も多かった。地元に就職した人たちとも久しぶりに会うことができた。みんなそれぞれのところで活躍中だけど,こうやって集まると一瞬で昔のように戻ることができることをうれしく思った。

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メディつき打合せ(3/27)

ノブと吉野さんと3人で浜松に集まって,メディつき打合せ。研究助成対応。学習会見通し。合宿計画など。

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SLLS緊急会議(3/26)

14名が集合し,学校図書館の専門家として震災復興支援に対して何ができるかについてディスカッション。まずは「被災地の子どもたちに届けたい本@ウィキ」の充実,多くの方々への協力要請をしようということに。支援体制は未定の部分も多いが,まずは動きたいというみなさんの熱意を感じた。SLLSの今後の運営体制についても話し合った。

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三省堂デジタル教科書会議(3/26)

具体的なインタフェイス,機能整理等の話し合い。

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JAET常任理事会(3/25)

JAET常任理事会のため溜池山王へ。粛々と進む。2011年度の丹波での全国大会,2012年度の金沢での全国大会の準備状況が報告される。

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玉川な1日(3/25)

ようやく通常業務。予算最終段階の確認。振込処理。日程調整。原稿チェック。

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小学館「教育技術」誌に連載開始

学校現場で広く読まれている小学館「小三教育技術」「小四教育技術」の両誌で,フラッシュ型教材に関する連載がスタートした。誌面で紹介している教材は同梱のDVDにも納められている。新年度,中学年担当の先生方は,ぜひご活用いただきたい。

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研究室復旧作業(3/24)

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789忙しい中,静岡大堀田研OBの平田君や中尾さんはじめボランティアスタッフの協力によって,無事に復旧作業が完了する。棚に本を収め,物品を元の位置に戻し,床掃除。インターネットやプリンタ等の設定まで何とか終わる。おかげで普段通り仕事ができるようになった。終了後はみんなでランチ。ご協力いただいたみなさんに感謝したい。

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玉川な1日(3/24)

朝一で現状確認,復旧作業の方針を立てる。渡邊さんと方針確認。早く来てくれた人から,手前から作業を依頼していく。
午後はたまった手紙類を処理。予算執行の最終段階の確認。4月の日程を確認。領収書作業。いくつかの電話。メール。

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卒業式と入学式

玉川大学では,3月15日(日)に予定されていた卒業式が中止になった。教職大学院の院生たちと会うのは,その前に懇親会(謝恩会)を行っていたので,それが事実上の最終回となった。
4月になればと思っていた入学式も,4,000名もの避難経路を勘案した場合の安全対策が考慮され,中止となった。各学部や専攻ごとのガイダンスは行われる。今のところ講義開始は予定通りだが,非常勤をしている聖心女子大学は2週間遅れの開始,慶應義塾大学はもう数日で判断とのこと。

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熊本へ(3/18)

12富士山静岡空港を初めて利用。これまでは建設中のところをドライブがてら見に行くぐらいだった。天気がよく富士山が見えた。FDAに乗って熊本に飛ぶ。
夕方から,山本先生ほかと校務情報化に関する共同研究の打合せ。久しぶりに楽しく議論できた。
34ぼくはそもそもラーメン好きなんだけど,一番好きなのはふるさとの熊本ラーメン。今回も夕方と深夜に2回いただく。ダメだよね,はい。スイマセン。
羽田空港に戻った時は,普段より少し混雑していた。

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eTeachersのサーバ移設(3/18-20)

すでに公示されているように,サーバ機器の移設作業及びメンテナンスのため,3月18日(金)17:00から2011年3月20日(日)24:00までの最大55時間に渡り,eTeachersへのアクセスおよびサービスの利用が停止します。さらに多くの方々に快適にご利用いただけるための措置ですので,ご迷惑をおかけしますが何卒ご了解ください。

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「キーボー島アドベンチャー」で被災者応援掲示板開設

K「キーボー島アドベンチャー」では,大きな被害にあった地区の方へのメッセージを児童が書き込めるよう,「みんなのけいじ板」の運用を再開している。早速,多くの児童から温かいコメント等が書き込まれている。掲示板の運用は,本年度の利用期限である3月25日(金)15:00までとなっている。不適切な発言等がないか,スズキ教育ソフトの運用チームがチェックしているほか,各教員のIDでログインすると,担当している児童の書き込みの削除が可能となっている。
サーバの置かれている首都圏も計画停電が予定されており,「キーボー島アドベンチャー」の運用も断続的とならざるを得ないが,すでにIDを発行されている学校・学級においては,年度末の残り授業時数で,情報教育を兼ねてぜひご利用いただきたい。

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スズキ教育ソフト打合せ(3/17)

スズキ教育ソフトの浜松の本社へ。校務の情報化についてのプロジェクトの打合せ。学校図書館支援教材の打合せ。

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玉川な1日(3/16)

T5T4T1
T2T3T6玉川大学の住所は東京都町田市,キャンパスは横浜市と川崎市との間に広がっている。学内変電所の住所が横浜市にあたるということで,計画停電は第5グループ。計画停電が終了した13:00から教職員が入れるようになるとの報を受け出勤。とはいえ,今度は小田急線が14:30以降,新百合ヶ丘以西が運休ということもあり,研究室には1時間しかいられないこともわかっていた。そこで今回は,事務補佐の渡邊さんにも来てもらい,現状把握と対応策の見通しだけを判断することにして出勤した。
研究室のある大学9号館は,古い建物だということで,被害が大きかった模様。ロックアウト中に割れた窓ガラス等は営繕係が修繕してくれていた。建物の亀裂も暫定的に修理されていた。廊下の天井にはポッカリ穴が空いていた。
研究室は,本棚の本,積んであった書類等は,ほぼ床に散らばっている状況だった。プリンタも棚から床に落ちていた。揺れの大きさと長さが想像できた。安全のためにしっかり固定されている本棚も歪んでいた。ぼくと渡邊さんですぐに直せる状況ではないことがわかった。今後の対応について検討したが,講義が再開する前には何とか修復できるようにしたい。
帰り際,また余震があった。物が散乱し,天井や窓が不安定な中での余震はとても怖かった。東北の方々の精神的な辛さのほんの一端を感じた。

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チエル打合せ(3/15)

チエルへ。eTeachersのアクセス分析。夏のリニューアルを多くの方々が良い方向と捉えていただいている様子が把握できる。さらにニーズに応えるにはどうするかを検討。その後,新教材の企画会議。こちらも見通しがつく。丁寧な準備に頭が下がる。

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エルモ打合せ(3/15)

余震と電車の運行状況次第でと流動的だった打合せが朝になって実施確定となった。幸い,近いのでよかった。林本部長,伊東部長,磯崎係長と,新プロジェクトのデザインについて相談。ずいぶん具体的になった。

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都心を歩く(3/14)

Y浜松から帰京。新幹線は,のぞみ号が6本ほど間引きされたとのことだが,ひかり号はほぼ定時運行。
両国に用事があったけど,総武線は運行していないため,新幹線を品川でまず山手線。ホームがものすごい混雑。京浜東北線のホームに移って無事に乗車。浜松町で本屋に入る。ガラガラ。大学がロックアウトなので,ふとできた時間で読むために,いくつかの雑誌等を購入。パン屋さんをいくつか見たが,焼きたてのパンがあるところにはたくさん人がいて,すぐに売り切れちゃうのか,別のパン屋さんを見るとパンがほとんどなく人もほとんどいないといった状態。
大江戸線は休日ダイヤ。乗客も混乱はない。両国駅前の食堂系のお店は半分が営業,半分がクローズといった感じ。節電している店もある一方で,パチンコ屋が賑やかに営業している。
地下鉄を乗り継いで銀座へ。街には人が少ない。神奈川や埼玉,千葉からの電車が運休だから,そりゃそうだよなと思いながら歩く。デパ地下はそれなりの混雑。
自宅近くに戻ったら,スーパーは買い占め客がすごく,お米やパン,カップラーメン等は一切売り切れ。近所のコンビニにもお弁当やパンのコーナー,カップラーメン等のコーナーはガランとしていた。
早めに帰宅して在宅勤務。

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研究室の現状

0311_2被災時,ぼくは研究室にいたわけではないが,堀田研事務補佐の渡邊さんがそこにいて避難したそうだ。余震が収まって研究室に戻った時の惨劇の1枚を送ってもらった。
絶句。棚が外れていたり,プリンタが床に滑り落ちたりしたそうだ。片付けにはしばらくかかるだろうな。とはいえ,小田急線も全面運休で片付けにも行けず。大学は15日もロックアウト確定。

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地震その後(3/13)

9日(水)に英国から帰国し,10日(木)からかなり忙しく動いていたこともあり,時差ボケ解消にやや失敗気味だった。11日(金)に被災。幸いぼくは大きな影響を受けなかった方だろう。それでも,26Fで大きな揺れの渦中にいて,自分の人生の中でもっとも怖いと思った瞬間を過ごし,その後は単身赴任先で誰とも話さず,TVとネットで被災状況を追い,落ち着かない時間を過ごしたこともあって,何だか精神的に参ったようだ。連日3時間以上眠ることができなかったし,ちょっと揺れた気がしただけでとても不安になる自分がいた。
12これじゃいけない,気持ちを前向きに持とうと決意し,とりあえずこういう時は気合いを入れようと町に出て,中本で蒙古タンメンを食べた(それでいいのかは疑問だが)。汗だくになって,浜松に帰る。新幹線はちゃんと動いていることに,日本の技術と日本人の細やかさを感じて感動した。上の子も帰省し久しぶりに家呑みしてあっさりダウン。良く寝た。

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地震その時-3(3/11)

自宅に着いてテレビをつけた。どの局もすでに地震報道の緊急番組になっていた。映像を見て,事の重大さをあらためて認識した。都内で帰宅難民が溢れる様子を見て,自分は早々と徒歩を選択し帰宅できたことはラッキーだったと思った。
ネットで関係者と連絡をとった。玉川学園でも揺れは大きかったようで,事務補佐の渡邊さんは避難したことを知った。堀田研究室の本棚は壁からずれ,たくさんの書籍が散乱しているらしい。プリンタも床に落ちているとのこと。渡邊さんにケガが無くてよかった。そのまま玉川学園キャンパスは安全確認のため立ち入り禁止となった模様。13日(日)に予定されていた卒業証書授与式も中止が決定した。
VHSメンバーは全国に広がっているため,安否メールを1つ1つ確認した。北海道チームが取りまとめてくれるようになりお任せした。佐藤さんや皆川君,金夫妻等から連絡が入り,ホッとした。現地はたいへんな様子であることがよくわかり,停電のため情報はツイッターに頼っていることも知った。そこで,ぼくがテレビで見た情報などをツイートし続けた。facebookを通して,海外の人たちからも心配してくれるメールが届いた。
Conv夕方,もう一度コンビニに行くと,すでに棚には何も食料はない状態だった。残っているものをいくつか購入した。歩道はたくさんの帰宅難民が歩いていた。映画を見ているようだった。
夜になり,テレビのニュースで,東北地方の悲惨な被災状況の映像が映された。津波は怖いと思った。ぼくに何ができるだろうとも考えた。
緊急地震速報も続き,夜は熟睡できなかった。朝になり,NHKから「Rの法則」の収録が中止になったとの連絡が入った。こちらも少し落ち着いて,時差ボケもあって寝たり起きたりした。周囲と連絡を取り合った。

貴重な経験だから,ブログに書こうとは思っていた。だけど,書き始めることができなかった。思い出すと震えるのだ。ぼくは,自分がこんなに怖い思いをしたことがなかったのだということを知った。今でもふと不安になる。PTSDではないけども,こういう精神的な影響もあるのだと自覚した。

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地震その時-2(3/11)

J3林常務は会社まで歩くとのことで別れた。品川駅から新幹線に乗って名古屋で三省堂と打合せの予定だった。だから品川駅に向かった。港南口から新幹線乗り場に行くと,人がごった返していた。しばらく待ってみたけど,とてもじゃないが動くとは思えなかった。そのうちに三省堂から,名古屋での会議は中止というメールが来た。そこで,とりあえず山手線に乗って田町駅まで行こうと考えた。
品川駅構内は,たくさんの人で溢れていた。駅コンコースでは,一部破損があるようで,そのこともあってか,駅の外に出るようにとのアナウンスが繰り返されていた。でも乗客は,みんな改札の内外で心配そうに掲示板を見つめて立っていた。壁沿いは座っている人でもう埋まり始めていた。山手線が動くとも思えず,乗るのはあきらめた。
高輪口に出たら,タクシー乗り場付近はすでにたくさんの人でごった返していた。京急は改札内が真っ暗で,ロックアウトになっていた。タクシーを待つのも無理だと判断し,自宅まで歩くことにした。
第一京浜を北上したが,逆向きに歩く人たちがたくさんいた。急いで品川駅に向かっているのだろう。ぼくはひたすら逆走することになった。外は今にも雨が降りそうな天気になった。泉岳寺を過ぎたあたりのバス停にはたくさんの人が並んでいたが,すでに車は渋滞で,バスが来るまではかなり時間がかかるだろうなと思った。メールとYahoo!ニュースで状況を確認しながら歩いた。
自宅の近くまで来たが,普段はあり得ないほど,人が溢れていた。みんな不安なのだと思った。地下鉄も動いていないようで,多くの人が歩き始めたのだろう。あるバス停のそばを通るとき,ちょうどバスが来たところだったが,そのバスはすでに満員で,長蛇の列のうち数名しか乗れないようだった。
コンビニに寄った。大事を見て,パンやカップラーメンなどを購入した。少なくとも名古屋出張が中止になったので,今夜は東京の自宅にいることになった。こんな調子じゃ外食というのも難しいだろうと思い,夕飯の買い物もした。
マンションのオーナーが不安そうに外にいた。少し立ち話をした。エレベータが停止していたので歩いて登った。自宅は,棚の上のものが少し落ちている程度で,さほどの被害はなくホッとした。

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地震その時-1(3/11)

ほんとうに怖かった。その時のことを思い出すと,今も足が震える。

聖心女子大でのJSET事務局打合せが少し長引いたこともあり,タクシーで品川駅に向かった。エルモの林常務と来年度の共同研究プロジェクトの方向性についての打合せをするため,スプリングスホテルロビーで待ち合わせをしていた。26階のロビーに到着したのは,約束の14:30を数分過ぎた頃だった。遅れてスイマセン,1月のロンドンでのBETTショー以来ですね,などと話しながら,おいしそうなミルフィールとオーガニックコーヒーを注文し,打合せを始めた。
打合せがいよいよ本題にという頃だった。時刻で言えば14:50頃だろうか。ユサユサという揺れが来た。小さな地震でも26階であればそれなりに揺れる。高層ビルは揺れるように建設することで倒壊しないようになっていることも知識としては知っていたから,最初は「揺れますねー」というような会話だった。
1分ほど経ち,ちっとも揺れが収まらないどころか,揺れはものすごく大きくなった。これまで体験したことがない程度の揺れになった。カフェレストランの周囲には水辺があるのだが,その水がザバッザバッと音を立て,床にこぼれだした。ふと上を見ると,20階分ぐらいの吹き抜けの天井はガラスで,あれが落ちてきたら怖いなと思った。もはや立っているのも難しい状況になり,レストランのマスターの指示でテーブルの下に潜った。もっとも,テーブルは小さくて,ぼくは文字通り頭隠して尻隠さずだったけど,それでもとても不安で指示に従った。ガラス張りの背の高いワインセラーが,今にも倒れそうだった。
揺れはかなり長く,その間は生きた心地はしなかった。他のお客さんたちとも声を掛け合った。女性のお客さんは泣いていた。ホテルの担当者は,指示系統を確認していたけど,最初の段階はそれなりに混乱しているようだった。
J2J1おそらく1つめの大きな地震は収まったのだろうが,26階はいつまでもゆっくりと揺れていた。誘導に従い,ロビーのフロントのあたりの,柱の多い壁際に集められた。厨房の人たちや,客室対応の人たちも出てきた。お客さんもスタッフも混乱はなく冷静だった。エレベータは停止していた。まもなくホテル外への誘導が始まるというので,林常務と打合せをさっとまとめた。トイレに立ったが,自分の足がガクガク震えているのがわかった。ホテルの壁が一部床に剥がれ落ちていた。誘導に備えて預けていたコートを出してもらった。身近な人にケータイでメールした。iPhoneでニュースを見て,震度5強だったことを知った。東北地区は相当たいへんだろうと思った。
利用者優先ということで,誘導が始まった。一列に並んで,非常階段を下り始めた。1階分ぐらい降りた時,林常務が「先生,また揺れ始めてます」と言った。確かにそうだ。怖くなった。急いで26階のロビーに戻った。その頃にはもうまっすぐ歩けないぐらいの揺れだった。2回目の方が不安だった。背筋が凍る思いだった。泣いている人もいたし,ホテル従業員にも気分が悪くなってうずくまる人もいた。
2度目の余震が終わった後,再度,誘導が始まった。1階まで降りるということは,約100mを階段で降りるということ。その間,再度余震が来ないことを願って,一生懸命降りた。気持ちは焦っていたが,混乱は無かった。ホテル従業員の方々は,自分たちも避難したいだろうに,ぼくらにご心配をおかけしましたと声をかけてくれた。
1階についてホテルを出た。空を見たら,半分が黒い雲に覆われていた。

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JSET事務局打合せ(3/11)

上野から広尾へ。永野会長と予算執行モニタと決算報告の打合せ。1つ前の会議で同席されていた(?),山西副会長と赤堀前会長がすぐそばで選書打合せ。

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国立国会図書館国際子ども図書館で講義(3/11)

12上野駅で降りて上野公園を歩く。国立国会図書館国際子ども図書館は少し奥の方にあった。館長先生とご挨拶。SLLSの仲間の五十嵐さんの誘導で会議室へ。同図書館の職員に,教育の情報化およびデジタル教科書について,政策や動向の解説。国立国会図書館では,当然ながら教科書,教材を収集しているのだそうで,デジタル教科書をどう購入し配架するかについての検討を始めているとのことだった。

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玉川な1日(3/10)

帰国直後の時差ボケに花粉症でもうたいへん。でもがんばっていつもの時刻に出勤。玉川学園(小・中・高)は卒業式の予行練習。研究室でたまった書類整理。中尾さん来研。普及過程モデルについてディスカッション。七海さん来研。調査項目について次第に明確になってきた。明日の講演資料準備。予算執行確認。出張報告書。4月の予定。夕方から小田急の会。

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パナソニック教育財団の研究助成の発表(3/10)

パナソニック教育財団の研究助成の発表が,本日3月10日だった。受賞されたみなさん,おめでとうございます。

実践研究助成(学校現場向け)
先導的実践研究助成(研究者向け)

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「フラッシュ型教材のススメ」が書店に

F_2「フラッシュ型教材のススメ」が出版され,書店に並び始めた。すでにamazonでの申し込みでご好評をいただいていたところだったが,さっそくamazonから届いたという報告メールも寄せられるようになった。
もくじ等の詳しい情報はこちら。これまでのセミナーやリーフレット,研修パックなどの成果や,eTeachersで得られた知見などを整理した集大成の書籍だ。ぜひご一読していただきたい。編著は高橋・堀田。出版社は旺文社(プレスリリースはこちら)。価格は1,890円。ぜひご購入を。

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無事帰国(3/9)

今回は珍しく長い旅だった。年度末なので大学の講義はない時期だったが,国の会議などがいくつかあるタイミングだったので,現地でも日本とのメールのやりとりが必要なことが多かった。花粉症からは少しだけ逃避できたかな。途中でケータイがNGになったこともあり,マスコミ等からの連絡は留守電を聞いたまででそのままとなって申し訳なかった。でも京大カンニング事件は情報モラル教育とは別の話だと思うのでぼくはコメントを避けたかったから,これはこれでよかったかも?
体調を崩したのが週末だったので,いくつかの楽しみはあきらめたけど,仕事に支障が少なかったのもよかったことだ。また,往きの飛行機で映画「ソーシャル・ネットワーク」を見たことが,開設しっぱなしだったfacebookを少しまじめにケアする動機になった。
野中科研での渡英は得るものが多い旅になった。たくさん議論できたし,新しいことも知ったし,いくつかの確認もできた。IWB等が普及している英国の教室に学ぶことは多いけど,日本は日本でしっかりと考えるということが大切だとも再確認した。リーダーの野中先生,同行者の木原先生,高橋君に感謝。

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英国9日目(3/8)

朝からみんなで朝食後,研究のディスカッション。英国のICT活用の普及は,英国の授業スタイルに合わせてしっかりと根付いていること,そう考えると日本は,あくまで日本の授業スタイルを基盤に考える必要があることを確認した。
Japan Socieryに行き,ハイディさんと高橋君と,Japan-UK Live! についての打合せ。買い物してロンドンヒースロー空港へ。
帰りの飛行機では「宇宙戦艦ヤマト」を観る。中学生だった頃を思い出す。

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英国8日目(3/7)

129ハマースミス駅で新さんと久しぶりの再会。みんなで電車で約1時間強でエルムパーク駅,タクシーで Elm Park小学校へ。ここはこれまで見た学校より少し大きく全学年2学級規模。学校長と教育情報化担当教員が迎えてくれた。
786午後の授業を参観。ドラマ科,テーマ学習の時間などの学習活動を見て回る。低学年児童はiPod Touchでのネット検索やゲーム,高学年児童はMacを用いてポスター作りをしていた。英国の学校の時間割では,午前中は国語と算数だけということが多く,他の教科は午後に多く実施されているため,全学年見て回ると学習活動は多様,それに応じてICT活用も多様であることがよくわかる。
435参観後,学校長とディスカッションした後に,毎週月曜日に行われているという夕会に参加させてもらい,数名の教員から話を聞く。ICT活用の日常の状況,自分の授業へのフィット感などについて聞くことができた。
D1D2D3夕方からハイディも合流してみんなでタイ料理レストランへ。最後の晩餐を楽しく過ごした。辛いタイ料理を食べられるほど体調が回復したことをありがたく感じた夜だった。

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英国7日目(3/6)

ほとんど何も食べずに30時間ほど寝続けた。おかげで少しは良くなった。12時にチェックアウト。電車でロンドンに移動。体調不良続発のため,夜のDaveとの会はキャンセルに。新さんに迷惑をかけた。
夕方,木原さん,高橋君と駅ナカのお店へ。焼きそばを半分食べた。

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英国6日目(3/5)

昨日の長旅の最後の電車あたりからどうも体調がイマイチで,その後の夕飯もほとんど食べられず。
今朝も朝からフルーツとジュースを少し。あとはずっと寝ている1日。あまりに寒くてhouse keepingの人に毛布をもう1枚もらう。
ロンドン日本人学校の浅香さんがブライトンまで会いに来てくれた。寝ていた時だったので申し訳なかった。夜,アブリル先生のお宅におじゃまするのも控えさせてもらった。ひたすら眠った。

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文部科学省「教育の情報化に関する手引」が市販されます

文部科学省「教育の情報化に関する手引」については,同省のWebサイトにてpdfで公表されてきたが,このたび市販されることになった。

「教育の情報化に関する手引」
発行:開隆堂書店株式会社
価格:393円(税込)
市販本は,価格を抑え多くの方にご利用いただくため,モノクロ版となったとのこと。表紙は桜色,発売日は3月15日。CECのフォーラム等で配布されたチラシをこちらからダウンロードできるようにしたので,ご活用いただきたい。もちろん,お近くの書店からご注文いただく時にも使え,便利なのだそうだ。
なお,(元々の)カラー版は文部科学省のWebサイトからダウンロードできるので,色が知りたい時はこちらも参照したらよいだろう。

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中村西小の公開研究会の記事が財団Webサイトに

2月15日(火)に行われた,練馬区立中村西小学校の公開研究会の様子が,パナソニック教育財団の「財団活動日記&ニュース」に掲載された。同校はパナソニック教育財団の特別研究指定校であり,まもなく1年次の研究が終了する。

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英国5日目(3/4)

みんなで朝食。チェックアウト準備。メル校長がホテルに来てくれ,教員研修などについてのいくつかの質問に答えてもらう。タクシーでトットネス駅へ。列車は30分以上遅れてやってきた。ロンドン・パディントン駅まで3時間。それからタクシーでビクトリア駅,さらに電車でブライトン駅へ。移動日な1日。

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英国4日目(3/3)

1_22_23少し時差ボケが解消してきた。早寝早起きで朝風呂。「教師のチカラ」校正チェック。NHK取材対応メール。少しだけ散歩。みんなで朝食。09:30Jeffのお迎えで,Brixham Church of England Primary Schoolへ。ぼくにとっては3年ぶり2回目の訪問校。学校がどんどん綺麗になり,教職員の和が一段とよくなった印象のこの学校,さすがメル校長だと感心した。
4564年生の算数,6年生の算数を1時間ずつ参観。英国での一般的な授業過程とIWBの活用の対応について確認することができた。児童会の子どもたちがていねいに校内を案内してくれたり,アセンブリーで子どもたちに紹介されたり,いろいろ忙しい1日だった。最後はメル校長に質問しながらホテルに送ってもらった。
789夕方から街を散歩し,みんなで買い物をした。どうやらデボン州のクロテットクリームは有名らしいということで,スコーンと一緒に購入し,ぼくの部屋で議論しながら食べた。その後,みんなでフィッシュ&チップスを食べに行き,パブとバーをハシゴして終了。たくさんの良い研究的議論ができていい1日になった。

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英国3日目(3/2)

123時差ボケで早寝深夜起き,早朝にまた寝る。ちょっと疲れが出てきたかな。夜中に某財団業務。みんなで朝食を食べる。献本リストチェック。9時にホテルをチェックアウトして,Newtown Primary Schoolへ。カレン校長は今日もWelcomeで迎えてくれた。ちょうど教育委員会視察の日で同席させていただいた。
4562学級の授業を参観。英国の授業の典型は,一斉1→習熟度別→一斉2であり,一斉1でICTが一斉提示で大活躍する。今回の4人の議論の中心は習熟度別を巡って一斉1と一斉2の案配をどうするかという点。我が国の教師の常識とはちょっと違う判断に驚くとともに,その後の教員室での議論でその考え方を理解できてよかった。また,集会やランチタイムも参観できた。
978終了後はジェフ氏の運転でダートマスという小さな港町へ。ホテルでのんびりして,今日までお世話になったカレン校長夫妻,明日からお世話になるメル校長夫妻と一緒に食事会。楽しい時間を過ごした。

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キーボー島利用状況(3/1付)

Kbキーボー島アドベンチャーの7年目の終盤,2011年3月1日付の状況についてスズキ教育ソフトから連絡があった。

登録学校数 1,606校
登録児童数 204,123名

1年 7,776名
2年 8,780名
3年 38,224名
4年 53,583名
5年 46,528名
6年 45,346名

キーボー島がオープンしてから本日までに登録した教師数は13,424名,学校数は4,747校。平成22年度学校基本調査によれば,全国の小学校は22,000校。これまでに登録した学校は,その21.6%を占めることになる。
折しも,今年度から移行措置前倒し実施となっている小学校学習指導要領総則には,「コンピュータで文字を入力するなどの基本的な操作や情報モラルを身に付け」とある。すなわち,小学校でのキーボード入力学習は必須ということだ。そのスキルを前提とした学習活動は,小学校高学年や中学校の各教科の記載にいくつもある。
今年度の登録児童数がとうとう20万人を超え,新記録を更新中。新学習指導要領の完全実施に向けた準備が着々と進んでいるということだろう。
ご活用いただいているみなさんに感謝すると同時に,ぜひ今後も1校でも多くの学校で活用していただきたいと願う。

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英国2日目(3/1)

123時差ボケで途中5回起きるも,何とか浅い睡眠時間を確保。苦手な時差ボケもこれで大丈夫だといいんだけど。みんなで朝食を食べる。少年写真新聞社「学校コンピュータ」校正。教育家庭新聞の四谷小記事チェック。9時過ぎにカレン校長がお迎えに来てくれ,Newtown Primary Schoolへ。カレン校長は,かつて教頭時代にお会いした2008年1月以来。3年ぶりの再会だった。
2学級の授業を1時間ずつ参観。合間および終了後に,カレン校長はじめ関係者にインタビュー。それを受けて4人で議論。この議論がとっても勉強になる。
456初日ということもあり,校長室でランチディスカッションをした後に失礼し,徒歩で街中経由でホテルへ。ホテルでまた4人で議論。「ICTによるイノベーション」の実体とは何なのか。まだ解決はしていないけど,いい議論だった。

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英国1日目(2/28)

ANAのFCラウンジで野中先生,木原先生と合流。高橋君は別ルートで先に英国に入っている。
日本教育新聞のインタビュー記事の確認をしてから搭乗。アップグレードできていたので機内はとても快適に過ごせた。映画は「ソーシャル・ネットワーク」と「相棒劇場版2」を視聴。先日放映されたNHK教育「Rの法則」パイロット版のDVDを視聴。3時間ちょっとの睡眠。三省堂「Teaching English Now」特別増刊号の原稿執筆。査読判定。
ロンドン・ヒースロー空港からヒースロー・コネクトでパディントン駅へ。2時間半の列車の旅でエクセターへ。

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